スタンフォード日本センター
コラム English
 
たのむで
中村伊知哉
スタンフォード日本センター所長 

 大音量のテクノサウンドに、まばゆいフラッシュ。ライザ・ミネリが目の前に座っている。あっちにはヒルトン姉妹。ほかにもセレブがいるかもしれない。スキンヘッドにレズビアンと彫った女。ラメのアイシャドウにタイトな皮のスーツを決めた男のアベック。そんな観客を貫くステージを、ヒラヒラした布をまとったモデルたちが闊歩する。2003年秋、ニューヨーク。気鋭のデザイナーユニット「ヘザレット」によるファッションショー「When will we be famous ? From Kyoto with love.」だ。

 このショーに使われたヒラヒラの素材は西陣織、京友禅、丹後織物。きもの文化を国際市場アピールし、新・京都ブランドを世界に発信するプロジェクトなのだ。ショーの最後には、モデル全員が京都から持ち込んだ本物の打掛を羽織って登場。これが圧巻。ヘザレットには申し訳ないが、やはり本物には力がある。1200年の蓄積が表す色とデザインは揺るぎない。この2年ほど、日本はクールと評されている。冗談じゃない。千年以上ずっとクールだったのだ。その表面がたまたま海外からポップカルチャーの文脈で発見されたにすぎない。
http://www.kyotostyle.com/japanese/index.html

・ムービー「From Kyoto With Love」
  http://www.door-knob.com/hm/hm.html
 
 ぼくのじいさんは、西陣の木工職人だった。糸を巻いたりヒモを組んだりするインフラを、黙々と作っていた。その手になる器械が京都のさまざまな色やデザインを生んだことだろう。勤勉で、無口で、無趣味で、ぼくとは正反対だった。ほとんど会話した記憶はないが、10年ほどまえ、死の床で、ぼくに向かって静かに「たのむで。」とつぶやいた。何を?という言葉を飲み込んでぼくは、「うん。」と答えた。親類一同に頼んで、じいさんの着物と袴を形見にもらった。いまも着ている。

 じいさんの後を継ぐ職人はいない。何かを頼まれたぼくは相変わらずフラフラしている。でも、着物だけではなく、何かを継いで保ちたい。そう思うようになった。何を。色や紋様。手触りや香り。澄んだ空気や立ちのぼる情念。そうしたものすべて。千年かけてじいさんに埋め込まれた遺伝子。じいさん、それはきっと、今にいう「クール」というやつだろう。努力してみるよ。「たのむで。」