スタンフォード日本センター
コラム English
 
マラッカ海峡から国際政治を考える
星野俊也
大阪大学 大学院国際公共政策研究科教授


 「オリエント」という言葉には、どことなくエキゾチックな響きがある。ヨーロッパから見て単に「東」を指すだけの表現だが、未知の世界に対する好奇心と交易で一攫千金を狙う商魂のたくましさ、それに自らの勢力圏を拡大しようとする領土的野心があいまってアジアにヨーロッパ列強の植民地が広がると、そこには独特の世界が広がっていった。そもそも「アジア」という呼び名も古代アッシリア語の「日の昇るところ(assu)」が語源とされる。いずれにしても、ヨーロッパに近いあたり(近東)から中ぐらいの距離の場所(中東)、そして東の果て(極東)までをひと括りにする随分と大雑把な名前のつけ方だが、いまではアジアのエキゾチズムにヨーロッパの植民地主義(コロニアリズム)の過去がしっかり溶け込んでいることを考えると、かえってアジアの懐の深さを感じてしまう。
 いま、マレー半島の北西部沿岸にあるペナン島の、まさにコロニアルの代名詞のようなホテルの一室からヤシの木とマラッカ海峡をゆったりと行き来する船を眺めながらこの島の歴史に思いを馳せると、自ずと時代を越えた国際政治のダイナミズムが見えてくる。
大英帝国の東インド会社の拠点としての過去。第二次大戦中には日本も3年半ほど統治した歴史がある。そして、小さな島に交差するキリスト教と仏教とヒンズー教とイスラム教の文明。キリスト教の教会も、英国国教会のものもあれば、やがて日本にたどり着くイエズス会のフランシスコ・ザビエルのものもある。仏教は中国式、タイ式、ビルマ(ミャンマー)式とさまざまである。興味深いのは、これらがみな独自性を発揮しながらも共存していること。ヒンズー教寺院では明らかに中国系の人がお参りをしている。ここのイスラム教徒はインド系も多いのだという。
 交易は「差異性」が利益を生む。それは違いを対立の原因にするのではなく、互いの多様な価値を評価しあうところから始まる。もちろん、利益を求めての征服の過去は繰り返されてはならず、マラッカ海峡も征服のための海峡から市場メカニズムに基づく相互依存の海峡へと変化した。
穏やかな波音を聞きながら「通商による平和」の重要性を再確認するひと時だが、安全保障を専門とする立場からは通商の前提として安全や安定が確保される必要性(国家間紛争だけでなく、海賊やテロの問題への対応)にもつい気になってしまうのは職業病かもしれない。