スタンフォード日本センター
コラム English
 
京都・ファンタシー

上宮真理子
スタンフォード日本センター Language Teacher

三条河原のユリカモメも岸辺でまどろむ夕暮れ。川風が橋げたを通り抜ける。料理屋から突き出した床の上で川の流れを追いつつ、遠くの山並に抱かれ、そよ風に吹かれて人と語らう。川岸の恋人たちは止まり木の上の小鳥のように、等間隔で肩を寄せ合っている。四方の山に祖霊を送る火が焚かれ、現世のひとときを惜しむかのように精霊が旅立って行く。夏の宵である。

疎水の桜の葉が青空の中に色づき始めると、深い安らぎと同時に秋の観光シーズンが到来する。
町家が、秋風の冷たさを避けて夏の葦扉から襖へと装いを替えると、暗い部屋にさしこむ光がほのかに
妖しく金色の紋様を照らし、畳みの上に木漏れ陽のシュールな深い影を描く。光と影がリズムを奏でる
静寂の意匠。アメリカからやって来た留学生が始めて目にするファンタジックな京都だ。一歩外は、ビルの林。

金襴の帯姿の舞子が突然現れては姿を消す花街の角。茶髪の修学旅行の学生が写メールでシャッターチャンスをとらえては、歓声を挙げる。暗闇の中を走り去ったのは、勤王の志士の亡霊か。ここは維新の争乱の巷でもあった所だ。

南座がひけ、街角にどやどやと中年の女性があふれる。祇園コーナーのショーも終わったのか、外国人旅行者の一団が街に繰り出す。「おこしやす。」店閉まい前の土産物屋がにわかに活気をおびる。「生湯葉やお漬け物のおいしいお店は?」「ボロニヤのデーニッシュ食パンはどこ?」帰りを急ぐ客が焦ってお土産を買い込む道を、抹茶ソフトを片手にパチンコ屋をのぞく外国人たち。動かぬ時の流れの中で、ひっそり静まりかえっていた古都が、生き生きと人なつこくはしゃいでいる。今夜も又蔵之助や象山や新撰組や竜馬がどこかで遊んでいるのだろう。三味線の音が加茂川べりを流れていく。

錦市場もポイント制になった。お正月の準備に棒鱈に塩かずのこ、京野菜、手まり麩に寿昆布、丹波の黒豆、若狭の笹鰈、湯豆腐にゆず七味..ポイントカードを集めて、豆腐ドーナッツをおみやげに。包丁も番茶もよもぎ饅頭も頼まれてたっけ。ニャンコロの財布も。これで何ポイント?笑う門には福来たる。笑うのは誰?

灰色の空の下、比叡の山下ろしが塔頭の瓦を渡る京の冬は、寒さがズッシリと肌に斬り込む。この冬をじっと堪えて忍ぶ。冬の京は、無駄を切り捨てて極限に挑む黒衣の僧のようである。この間は物の怪も妖怪も息をひそめて隠れているだろう。鬼は外、福は内。

疎水の水がきらきらと輝きを増すと、柳の若芽が吹き出して来る。あっというまに街一面チェリーピンクのベールに覆われる。桜の季節の到来だ。街をうずめつくす薄いピンクの花群が、凍てつく木枯らしの寒さを払拭する。明るい陽ざしに照り映える桜の花弁の下で、苦しさもみじめさも、ひび割れた冬も全て消えさる。学生たちは春爛漫の花の精たちの祝福を受け、花吹雪のように各々の場所へと散っていく。彼らが旅立った後、街は輝く若葉の季節だ。